星明りの夜

「フェヴィス中佐」
2ヶ月の航海勤務から戻って、残務整理も漸く終わろうとしていた日のことだった。
「緊急の事項でもありましたか?ジェイナス大尉」
以前とは違うこの上下関係には少し慣れたけれど、気持ちの上では早く戻って欲しいと思っているのは否定できない。
戻って欲しいのは上下関係であって、勤務中に近くにいられる距離の方は私にとっては嬉しいのだけれど。
「グラント閣下からメッセージが届いていますが…」
「かけてください」
「了解いたしました」
綺麗な角度で一礼をしてデスクへ戻っていく。
直ぐにディスプレイにグラント閣下からのメッセージが表示される。
「…え…?」
メッセージと共に、休暇命令書が届いている。
「どうやら、航海前に地上作戦に緊急参加したことの影響のようですね」
「宇宙勤務のシフトが調整済みということは、少なくとも1ヶ月前には決定していたろうに」
残務整理後、艦隊はメンテナンスの為に2週間はスタンバイだけれど、私やライはその間に他の部隊の地上作戦や
研究会に参加する予定だった。が、それも調整済みだということだ。
「…ちょっとしたいたずら、でしょうね」
「困ったものですね、相変わらず」
ライと私は苦笑した顔を見合わせる。
「この程度で、私達になら問題ないですし。それをしてしまうくらいの心理状況だった…ということでしょう」
「そうだね。少しぐらいはストレスの捌け口になって差し上げないと、可哀相だ」
会戦の後、徹底して背後関係を整理した結果、将官が減ることになった。
その上で年配の将官方が一斉に辞意を表明して結局、グラント閣下が軍務長官に就くことになった。
以来、私とライには『早く将官になれ』と明言して憚らない。
私もライも、そんな気はないのだけれど、ライにその資質があるのは事実だ。
本当は軍を退くつもりだった彼を、尉官降格という形で残したのは閣下の意向に他ならない。
「…あれ?」
聞き逃しそうだったけれど、今ライは「私達」と言った…よな。
「ラ…ジェイナス大尉も同じメッセージを貰ったのですか?」
「はい。中佐と私、それと作戦に参加した第3小隊に休暇命令が出ています」
「そうですか。それでは有り難く休ませて貰うことにしましょう」
「では、第3小隊へ連絡を回します」
「お願いします」
カタカタとキーボードを叩く軽い音をさせて、ライが連絡をする。
「とは言っても。いきなりの休暇だと何をしていいか逆に悩むよね?」
私には家族がいる訳ではないから、帰省して羽を伸ばす…ということもないし。
「…予定がないなら、一緒に出かけないか?スタン」
「え…」
ライが珍しく、執務中に言葉を崩した。
しかもその誘いは…いいのだろうか?ライには家族がいるのだし
「実家へ戻らなくていいの?」
「会戦後は、顔を出してないから」
あ。
そうだった。
会戦の責任者(半分は巻き込まれただけなのだけれど)の彼が6大家であるジェイナス家に、
そうそう顔を出すことは出来なくなったのだった。
「気にしなくてもいい。元々、そんなに戻ってた訳じゃないし」
穏やかな笑顔で答えてくれるけれど、防げなかったことが私にも少し辛い。
「どうする?何がある場所でもないんだけれど」
「どこに行くか、決めてるんだ?」
どうやら、ライは既に休暇を過ごす場所を決めているらしい。
「うん。街中じゃないから俺の手料理になってしまうけど」
それはマイナス要素じゃなくかなりのプラス要素。
勿論、私に断る理由はなくて寧ろ、嬉しいお誘いだ。
…嬉しいだけじゃなく、我慢も必要になるわけだけれど、プラスを取る方が先決だ


こうして、私とライは2人でゆっくりと10日間の休暇を過ごすことになった。
街から少し離れた場所で、人目を気にすることがなくていい。
私にとって、忘れられない休暇になるとはその時は考えもしていなかった。

月は人が住むには適した場所ではないから、居住場所はドームの中か建物自体がきちんと月に対応した建物になる。
ライと一緒に訪れたのは、リゾート用のドームの一角だった。
人口湖と数個のコテージがライの実の父上の遺産なのだそうだ。
そのうちでも他から離れた場所にあるコテージに泊まることになった。
昼過ぎに着いて、家中の窓を開けて空気を入れ替えた。
作り物の風だけれど、適度な温度で気持ちの良い風が室内を通り抜ける。
「俺が休みに使うから、ここは貸してないんだよ」
その証、とばかりに案内してもらった書斎には、沢山の書籍やディスクが並んでいた。
「確かに、これじゃ人には貸せないね?大事なものたくさんありそうだ」
今までも、ライは長い休みにはここへ来て休暇を過ごしたという。
1人、だったのだろうか?それとも誰かと…?
ずきり、と小さく、でも確かに胸が痛んだ。
「気持ちのいい場所だから、ゆっくりできるな」
押し殺して、ライに笑いかける。
「スタンもゆっくりしてくれよ?暫くオーバーワーク気味だったからな」
すぐ隣で。
優しい瞳で。
優しい笑顔で。
優しい声で。
ここでは他の誰に見られることもないから独り占めで。
幸せすぎて息が止まりそうになる。
「ありがとう。でもオーバーワークは私だけじゃないだろう?」
私も笑顔で返す。
忘れていた。
この所、ずっと近くにいたけれど忙しい方が優先だったから…
部屋に帰って、次の日の仕事のためだけに眠っていたけど
休暇の間は仕事のことは考える必要がないから、目の前にいる…ライのことしか考えられない。
手が届くそこにいる。
軍のことを、今だけは気にする必要はない。
……
抑えられるかどうか、少し不安かもしれない。
ライが拒否してくれる以外にここだと私を抑制する理由がない気がする……

そんな風に考え始めると、本当に抑制が効かなくなるのが不思議だ。
夕方までお互いにゆっくりしよう、と決めたけれど私の視線は気がつけばライを探して、ライを追ってしまう。
本を読みながら髪を掻き上げる。
膝の上に置いた本のページをめくる。
時々、首を傾げて考えるようにする。
足を組みなおして座りなおす。
動作の一つ一つを
緩やかに動く手を、指を
ゆっくりと動く視線を
時々何かを覚えるように呟く声を
意識すればするほどに、目が離せなくなる。
君が好きだと、何度も気づかされてしまう。
失いかけたことに比べれば、こうして一緒にいられるだけで十分だというのに。
今以上に、近くにいたいと思ってしまう。
「お茶を入れてくるよ」
これ以上、じっとしていたら危険な気がして私は立ち上がる。
「あ、うん」
ライは本から目を上げた。
「紅茶でいいかな?勝手に入れてしまうけど」
「ありがとう」
ライの返事に笑顔を作って、私は部屋を出る。

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