その日まで。俺は自分の人生は順風満帆だと思っていた。 勿論、今もそうだとは思う。 けれど、その日までとその日の後では、明らかに違う。 あの日お前と会わなかったら、俺は『幸せ』というものを感じなかったろう。 お前にそう言ったらきっと、そんなことはないと言うのだろうけれど 俺にとっての日常は、今から思えば全てが引かれたレールだった。 自分で考えて選んだつもりでいたけれど、予定調和の1つでしかなかった。 あの日。 お前の剣を目のあたりにしたのは俺の人生で最初の幸運だろう。 「ヒューイ、新しいひよっこが着てるが、見に行くか?」 「隊長」 第二騎士団第一大隊の執務室で事務作業に追われている俺のところに上官が顔を出した。 俺は、最年少の20歳でその第四小隊の小隊長になったばかりだった。 「気の合う連中集めるのもいいんだが、育ててもらわないと困るからな」 「はい。と言っても、私もまだまだですが」 隊長から1本取るのも一苦労、どころではない状態だ。 「はは。銀の狼なんて言われてる小僧が何を言う」 「小僧は止めてください…」 仕方がないか。入団以来、隊長にずっと世話になっている訳だしな。 「今年は変り種がいるらしいぞ」 「変り種、ですか?」 「見てどいつか当てれたら教えてやろう」 「別に、いいですが…」 「つまらないなあお前」 変り種、か。 騎士団に入るのは凡そ種類が決まっている。 貴族階級や富裕階級で小さい頃から剣を習っている者か あるいは地方などから出世を目指して来る者 後者は、よほどの才能か努力がない限り上には上がれない。 残念ながら、それぞれの団にも系統というか派閥と言うか… やはり人間関係はつきまとうせいもある。 俺は、前者で幸い剣の腕もそこそこ立つ方だったから、今の地位を貰えたと言える。 変り種、というからには貴族階級の者ではないんだろうが… 隊長が俺を連れてきたのは訓練場だった。 30〜40人の新兵が訓練を行っている。 体格も様々、外見も様々だ。 目を引く奴がいた。 受身だが、無駄がない。体格に比べて大きいと思う長さの剣だが、器用に扱っている。 いや、器用というのとは違う。受け止めて、受け流して、受け止めて。 一連の動作が流れるような、舞踏でも見ているような気になる動きだ。 「判るだろう?」 「彼、ですか」 「しかも美人だろう」 「…隊長」 俺の声が絶対零度になっても文句は言えないだろう。 「いや、どうせなら外見もいいほうがいいじゃないか」 「男が綺麗でどうするんですか」 「お前に言われたくないぞ」 「……」 「しかもそれだけじゃないんだよなあ、あの子」 確かに。遠目にも鮮やかな金の髪だ。 華奢に見えるが、時に両手で剣を扱っている。 「あれで体力が続くんですか?」 「『影月』だからな。鍛えられてるよ」 「『影月』からなぜ」 「知らんよ。お前、いらないか?」 「は?」 「腕は立つ。人当たりも悪くない。頭も回る。使えるぞ?」 「何故俺に」 「いらないなら、俺が貰うけど?美人は歓迎だし」 「…隊長」 「いや、怒るなよ。本気じゃないから」 「当たり前です。でも、確かに。手合わせしてみたい剣ではありますね」 「だろう?あの細腰で大剣ふりまわすなんざ…」 「隊長」 ぱきり、と指を鳴らした。 「や、じゃあそういうことで上に言っておくからな。頼むぞ」 逃げた…。 あれがなければ、文句のない隊長なのだが。 どうして男女関係なく節操がないのだか。 訓練が小休止に入ったら、隊長が彼の所へ行っていた。 素早いな…こういうことには。 俺の方を指しているから、俺の隊に入るということを伝えたらしい。 彼がゆっくりと俺の方に近づいてきた。 この目線だと…170と少しぐらいか。小さいな。 「エドウィン=ハートランドと申します。ディアス大隊長より、ハルスフォード小隊長の隊に配属になると伺いました。 よろしくお願いいたします」 礼儀正しく頭を下げた。 「ああ。よろしく頼む。第二騎士団第一大隊第四小隊隊長、ヒューイ=ハルスフォードだ」 俺が名乗ると顔を上げ、わずかに微笑んだ。 隊長に嵌められたかもしれない、とその瞬間に気づいた。 気づいたがひきうけると言った以上撤回はできない。 「訓練と実践は違うが、基本をおろそかにしては元も子もない」 「はい。欠かさないようにします」 「では後日また」 「はい!失礼いたします」 彼、エドウィン=ハートランドは一礼し、走っていった。 金髪碧眼なんて、割と何処にでも居る色合いだ。 普通にしていると整っている、程度なんだが… あの笑顔は、意識的なのか無意識なのかどちらだ いずれにせよ、気をつけないことには軍規に関わることになりそうだ。 …俺にその気はないんだが…それでもどきりとさせる、瞳。 幾分女性的な外見をしているのも影響しているのだろうが、確かに… 「時々凄い威力だろう」 「た、隊長!どこから」 「君が考え事始めたあたりかなあ」 人が悪い…本当に。 「お前に引き取れって言った意味、わかっただろう」 「あれは意識的、ですか…」 「いや、あまり感情出さないんだが、出すとあれなんでな」 「それでよく、試験期間を乗り切りましたね」 「言ったろう。人当たりはいいんだ。笑わんだけでな?」 「問題は、笑う笑わないではないと思いますが」 深海を思わせる青碧の瞳。問題は視線、の方だろう。 俺ですら、誘われている気にされる。男女関係なくなら、さらに厄介だな。 「と言う訳でな。お前が一番安全だろ」 「判りませんよ」 「えっ?」 驚いておけ。少しぐらい。 「何だ?難攻不落のお前でも押し倒したいのか?」 「別に俺は難攻不落でもないですし、男を押し倒す趣味もありません」 「趣味じゃなくさ。好きだと思ったら好きでいいだろ」 貴方は自由すぎです、隊長… 「取り敢えず、預かります。剣の腕も気に入りましたから」 確かにあのまま他の隊に行ったら、間違いなく変な奴に絡まれるのは必須だ。 絡まれるだけならいいが、そのせいであの剣を潰すことになる可能性もある。 「…」 「なんです?」 「いや、お前が気に入るのってあんまりないから珍しいなと」 「隊長ほど口にしないだけです。用がなければ仕事に戻りますが」 「ああ、ありがとう。ご苦労さま」 礼をして、隊長の側を離れる。 執務室へ戻り、雑務を続ける。 しかし。思い出せば出すほど。…心臓に悪いものだな。 間違いなく、俺よりも年下だから10代後半のはずだが 色気があるというか、何と言うか…。 男は範疇外だと思っている俺ですらそう思うのだから 「完璧に、襲われるな…気をつけておかないと」 感情を出さないということは恐らく、自分でもわかっているのかもしれない。 数ある傭兵隊の中でも、実力は上位にある『影月』 そこを抜けて騎士になろうというからには、何かあったのかもしれない。 極力、側に置いておくほうがいいのだろうな。 既に気心が知れすぎていて扱いにくい小隊員に加えてだが、退屈よりはいいだろう。 その時は、単純にそう考えていた。 2010/10/30
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