邂逅-月- 5

俺は教えられた場所の扉を蹴り開けた
「子供相手に、何をしている」
俺の声は、低く、響いていたと思う。
その光景を見た瞬間、俺の中に暗い炎が点った。
「え…」
「は、ハルスフォード」
「ぎ、銀の狼?」
何人いる。4人か?それなら問題はないな。
「それが、私の部下だと知っての所業か?」
見覚えがある。第一騎士団の奴らだ。
貴族の癖に…。
「さ、誘ったのは、こいつの方だ!」
「そうだとも」
「女も知らない子供に笑顔を向けられたぐらいで誘われたと思ったと?」
「何を…」
「このまま帰るなら、何も言わないがどうする?」
「お、おい」
「判ったよ。だが、覚えてろよ!」
ばたばたと足音が去る。

「大丈夫か?エドウィン」
膝をつき、猿ぐつわを外してやる。
「たい、ちょう」
涙目だ。当然か。
腕の縄を解いてやる。
「もう大丈夫だ」
「どうして…」
「ああ、フィルが見ていたようで。教えてくれた」
「お礼…言わなきゃ…」
弱弱しい、でもあの笑みだ…。
「お前…少し自覚した方がいいな?」
「え…?」
「今日は、止めておくが…。立てるか?」
「はい…」
「っと…」
「す、すみません。力、入ってない…みたいで」
「俺の方こそ、すまない」
支えたエドウィンの身体は、震えていた。
4人に押さえ込まれていたんだから、な。不思議じゃない。
「もう、大丈夫です」
「着ていろ」
俺は上着を脱いで肩にかけてやった。
「…」
「お前のは、役に立たなくなってるからな」
「…ありがとう、ございます」
「行こう」
支えて歩き出す。
今日は、俺の家に連れて帰ろう。
あいつらが仕返しするとも思えないが、万が一ということもある。
「今日は、俺のところへ来い」
「え…?」
「万が一、ということもある」
「…すみません」
その日は客間へエドウィンを泊めた。


「おはようございます。小隊長」
「ああ。もう、大丈夫か?」
「お手数をおかけしました」
頭を下げる姿も、いつも通りだ。大丈夫だろう。
そうして、いつも通りの任務に戻る。
訓練と庶務に追われる。俺の仕事じゃないんだが、この雑務は…。
いつもより忙しい、と感じたのは…そうか、エドウィンの姿を見ないのか。
そう気がついたのは、それから3日目だった。
「そういえば、見て…ない、のか」
初めて胸騒ぎがした。
訓練所に向かう。今の時間なら、うちの隊は訓練中の筈だ。
「遅いぞー、ヒューイ」
「ディアス大隊長」
「お前、あれどうする気なんだ?」
「え…?」
隊長の指す先を見る。
以前と変わらない、流れるような剣技だ。
「変わらない、と思いますが」
「見た目はな。剣の方は相変わらず冴えてるが。問題は本人の方だなあ」
「…やっぱり、ですか」
「気づいてたのか?」
「すみません、さっき気づきました」
「お前らしくないなー。暴漢から奪取したとこまではいいけど」
はっとする。それについては報告はしていないからだ。
「どうして…」
「そりゃあお前の同期の連中から聞いたからなあ」
あいつら…。余計なことを…。
「見てみろ」
一見して、普通に話をしているようでいて。
エドウィンの表情が変わっていないことに気づく。
「折角普通になって安心したところだったんだけどな」
「ということは、訓練中もああだったと?」
「と聞いてるぞ。教官連中がしつこく話しかけて少しマシになったらしいが」
教官…あいつらか。それであの顔を見た訳だな。
「技量に問題はないから、良いといえば良いんだがなー」
「判ってますよ。無理した所で、どこかで歪が出ます」
「そういうことだ。死なせたくないだろ?アレだけの腕」
「本人に自覚させる以外ないですが、それでも出るものは抑えられないと思いますが」
「それは仕方ないだろ。取り敢えずは手ぇ出したら、お前が怖いってことにはなったから」
…今のはどう取ればいいんだ?
「隊長?」
「俺じゃないぞー。お前の同期の連中だからな」
あいつら。絶対面白がってるな…。
「不本意かもしれんが、そういうことにしておけ」
「判りました。あいつには黙っておきますよ?」
「そーだなー。一応否定はしといてやるから心配すんな」
…全ての黒幕は貴方な気がしますよ隊長。
あいつの中で、何が押さえ込む原因になっているのかが判らないと…だな。
俺のところに来なくなったのもあの日のことが原因なのか…
「ヒューイ。大隊長殿」
「フィル」
「この間はお手柄だったなー」
「事前に止めれればよかったんですけどね」
「いや、十分よ。フォロー失敗はこいつの問題だからな」
「俺のせいですか」
「俺達は事前に大隊長から聞いてたから、あの子が普通にしても大丈夫だったけど」
「全員じゃないだろう?」
「あー、まあ…何人かはその気になりそうなのもいましたからね」
「すまない。そこまで把握できてなかった」
「執務室詰めてる方が多かったからね、最近」
「…それは俺だけのせいじゃない…」
「あー。いやー。だからそれはフィルにフォローを、だなあ」
「兎も角、エドウィンと話をします」
「そうしてくれ」
「後はよろしく、小隊長」
2010/10/31

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