朝以外は平穏な日々がやってきたある日の夜、なんとも珍しい人が訪ねてきた。
「白取」
「安東、珍しいね?どした?」
更に珍しいことに、ちょっと慌ててる?
「智隼、来てないか?」
「?いや、見てないけど??」
なんでうち(白虎寮)なんだろう?智隼と仲良い奴、いたっけ?
「じゃあ、泪先輩は?」
「え?いや・・泪先輩も・・見てないな」
そういや、夕飯の時もいなかったな。
そっか、それで平穏だっ・・・いやいや(^^;)
「てことは、出かけたきり・・・か」
「西藤と、泪先輩・・・・?」
何か、珍しい組み合わせ。
そろそろ寮の門限の九時。
泪先輩、一度も破ったことが無いのに、どうしたんだろう?
「安東!朱雀にも来てないって」
「玄武にもいないよ?」
一原と竜崎・・・何でこんなに執行部の人間が・・・
「どうしたんだ?血相変えて・・西藤が、どうかしたのか?」
聞いてしまうのは変じゃないだろう?
「・・・夕方、智隼の母親から電話があって、不在で俺が代わりに取ったんだけど、
『転校させる』とか言ってたんで・・・ちょっとな」
ちょっと苦笑しつつ、安東が言うのは・・・親友として心配だからだろう。
「転校・・・・西藤が?」
「本人に確かめようと思ってね」
一原も心配そうにしている。なんだかんだ言って、仲良いからなあ・・。
一原と竜崎の安東争奪合戦は・・・西藤が普通に安東と『親友』だから、 大事に至ってない、っていうか・・・・
西藤が明るい性格だから、好かれてるってのもあるけど・・・・
「泪先輩と、どこ行ったんだ?」
「竜崎・・」
「安東にも、言わなかったのか?」
「・・・ああ」
安東副会長、竜崎会計、一原青竜寮長、溝江朱雀寮長、戸田玄武寮長。 で、白虎寮長の俺。
西藤を除く執行部部員37期生が頭突き合わせている。珍しいや、こんなの。
玄関の方が騒がしい。帰って来たみたいだ。
「泪先輩!」
「ああ、由也。ただいま」
にっこり笑いかける泪先輩の背中に、西藤がいる。
「智隼!」
「ど、どうしたんですか?」
「皆揃って、どうしたんだい?」
揃った顔触れに驚いたように泪先輩が訪ねる。
「智隼が帰って来てなかったので・・・」
代表して安東が答える。
「ああ、それはすまなかったね。君たちのアイドルをお借りして」
る、泪先輩〜(;;)アイドルって〜
「そんなんじゃ、ないです・・」
泪先輩の背中から苦しそうな智隼の声がする。
「智隼が途中から熱を出してね」
「大丈夫なのか?智隼」
すっかりお父さんモードな安東が側にいって話し掛ける。
「うん・・ちょっと、だるいだけ・・・」
「無理するんじゃない。安東、智隼を今日はこっちに泊めるからね」
「あ、でも先輩・・・」
他寮に泊まるにはそれなりの手続きも・・・
「これ以上動かすのは、かわいそうだしね」
それは、そうか・・。西藤の息はちょっと苦しそうだ。
「わかりました。智隼をお願いします。手続きはしておきます」
安東はすっかり保護者になってるし。でも、手続きまでちゃんと気付くとは、
抜かりないや。やっぱり・・・。
そして、俺を除いてみんな自分の寮へ戻っていく。
泪先輩はホントに心配そうにして、大事そうにして・・西藤を部屋へ連れていった。
そう言えば泪先輩は、一人部屋だった。
なんか・・・西藤が羨ましいと思った。
「ルーイ、ご免なさい」
氷を持って来て、泪先輩の部屋の前で会話が聞こえてしまった。
扉が少し開いてる。
ルーイって、泪先輩のこと?
「気にするんじゃない」
「結局、迷惑・・かけちゃって・・・」
「・・馬鹿だね、智隼」
「皆に、迷惑・・・かけてるね。安東たちにも・・」
「いいんだよ。みんな、お前が好きだから世話やいているんだからね」
ノックをする。
「はい。どなたですか?」
「白取です。氷、持ってきました」
「ああ、ありがとう。由也」
にっこりと笑って扉を開けてくれる。
「ごめんね、白取」
「あ、起きなくて良いよ!熱、どのくらいあるんだ?」
氷をもってベットの側まで行く。
「八度六分くらいかな?」
「平気?」
「うん、一晩寝てれば大丈夫だと思う」
西藤はそう言って、にこっと笑ったけど、少し辛そうだ。
瞳が熱で潤んでる・・・。
初めて真近で見たような気がする西藤の瞳が、薄茶色なのに気がついた。
中等部入学以来友達してるのに・・・。
西藤の瞳には、泪先輩・・・どんな風に映ってるんだろう?
・・・自分で、俺、何考えてんだか!
すっげー恥ずかしい。部屋、戻ろう。俺、何か変だよ。
「じゃ、俺・・戻ります」
「ありがとう、由也」
笑顔で言う泪先輩も、何だか信じられない感じがする。
「・・!?。待って、白取!」
「智隼、大人しくしてなさい」
起き上がって俺を呼び止める智隼を泪先輩が止める。
「違う!先輩。白取が・・・」
何だか、それ以上いたくなくって早々に扉を閉めてしまう。
泪先輩と西藤、凄く仲が良く見える。入り込めないような気がする。
普段、生徒会室じゃあ全然見たことが無いくらい・・・・
「西藤、どうだ?」
部屋に戻ると同室の加納が声をかけてくる。
「うん、ちょっと熱があるみたいだけどね」
「そっか。早く良くなるといいな。あいつ元気ないと寂しいからな」
「そうだな・・・」
多分俺の答えは、半分投げやり・・・。
西藤は、先輩が『アイドル』だって言ってたのは、かなり正解。
明るくて、元気が良くて、人当たり良くて、優しい奴だ。
安東や一原みたいに表立って『人気ある』ってわけじゃなく、 みんながあいつのことは可愛がってるし、大事にしてる。
安東をめぐって色々ごたごた起きないのは、西藤が安東の親友で それを崩すのはって思ってるのも、多分あるんだよな。
恋愛どうこう抜きで、本当に仲良いから。あの2人は・・・・。
その西藤が、先輩を『ルーイ』って呼んでた。
普段は『泪先輩』って呼んでる。
2人きりの時はそう呼ぶんだろうか・・・?それなら、随分と親しい?
・・・・俺は、なんなんだろう?
先輩が俺を特別扱いしてると思ったのは、単に頼りない寮長だからなんだろうか?
先輩に好かれてる、と思ったのは思い上がり?驕ってた?
それとも、カムフラージュだったんだろうか?先輩と西藤の。
そうなんだったら・・・俺はどうすればいいんだろう?
悔しいじゃないか。散々躍らされて、一人で慌ててて。
このままじゃ終わらせない。お返しはするぞ。黙ってるほどお人好しじゃ ないんだからな、俺は。
先ずは、朝からだ。起こされる前に起きてやる。
可愛さあまってなんとやらと一緒。
頭に血が上った白虎寮長は、翌朝六時三十分かっきりに起き、 総代さま(笑)が起こしにいらっしゃる七時には、食堂に着いていた。
総代さまはといえば・・・
朝起きてまだ熱覚めやらぬ後輩に、『日課は欠かしちゃいけません』 と釘をさされ追い出される。
後のことは迎えに来た(来るなよ〜)浅野に任せて迎えに来てみれば、 ハニー(笑)はもう食堂へ行ってしまったという。
「おはよう、由也。今日は早いね」
食堂へやって来た総代は、にっこりと微笑んで声をかける。
見た目だけは普段と変わらない、朝の光景。